福岡を中心に『赤ちゃんのための小さなおふとん、トッポンチーノ』を広める活動をしている「わたしのトッポンチーノ」岡田です。
以前、インタビューをしていただいてたのですが、掲載するのがとても遅くなってしまいました。
かなりロングインタビューですので、数回に分けて掲載します。
興味持っていただける方がいらっしゃるといいのですが~。
ではまず、一回目です!

 

「わたしのトッポンチーノ」物語①

トッポンチーノに魅せられて

2000年、長女2歳で入園。エミール保育園との出会い。 この頃、正装はよくインドネシアの民族衣装を着てました。

 

――岡田さんとお会いするまで、トッポンチーノの存在を知らなかったのですが、赤ちゃんを抱くためのお布団なんですね?

岡田:はい、生まれてすぐから2か月ぐらいまでの赤ちゃんをのせて抱っこするお布団です。
元々、イタリアの文化にあったものをモンテッソーリ教育で取り入れて、「トッポンチーノ」という名前にしたそうです。

――岡田さんはどこでトッポンチーノに出会ったんですか。

岡田:少し長くなりますが、私の夫はインドネシア人で、子どもが3人います。
上から女(22歳)、男(18歳)、男(14歳)です。
娘が2歳のとき、家の近所のエミール保育園(現・エミールこども園)に通いましたが、ここがイタリアのモンテッソーリ教育を実践する園でした。

――モンテッソーリというと、ドイツのシュタイナー教育と並んで幼児教育で世界的に定評がありますが。

岡田:20年前はまだ、いまほど日本では広まっていなかったですね。
私もモンテッソーリが何か知らずに、娘を通わせました。
エミール保育園の大原青子(せいこ)先生(現・エミールこども園園長)は、世界でも十数名しかいない、
日本で初めての、AMI(国際モンテッソーリ協会)認定0−3レベル教師養成トレーナーです。
当時はAMIデンバーコースにて乳児(0~3歳)レベルの国際教師資格を取得された頃で、大変な情熱をもって、取り組まれているところでした。
モンテッソーリ教育というと、一般に幼児(3〜6歳)の教育が有名ですが、青子先生は乳児(0〜3歳)レベルの教育をいち早く学ばれて実践されていました。

 

☆子どもは苦手ながら「みどりの家」のスタッフに

――0〜3歳までの教育というと、2歳の娘さんがいらした岡田さんはぴったりですね。

岡田:そうですね。だんだん青子先生とも親しく話すようになりました。
先生は「子育て支援をしていきたい」という希望をお持ちでしたので、「私も手伝いますよ」と申し出たのが、そもそもの「わたしのトッポンチーノ」物語の始まりです。
保育園の中にある建物のペンキ塗りから始めるというお話でしたので、最初はその手伝いだと思ってたんです。
それが、その建物で始める〝みどりの家〟という「親子集いの場」のスタッフを頼みたいと聞いて、ちょっと困ったんですよね(笑)。

――どうしてでしょう?

岡田:私は元々、子どもがそんなに好きじゃないんですよ。

――あら、意外ですね。

岡田:3人の子どもを育てた今も、わりとそうなんです。
ですから、先生には、「私、じつは子どもが苦手なんですよ」とすぐ言いました。
「子どもと楽しく遊んだりできないから」と。
すると、「この広場はいろんな人がいる〝社会の縮図〟だから、みんなが子ども大好きで、ベタベタ接する人ばかりじゃなくていいんです」と言われました。

――〝社会の縮図〟……その通りですね。

岡田:みどりの家は、「お母さんのストレスを取るための場所」という目的がありました。
フランスの「みどりの家」の理念を取り入れたものですが、青子先生の「みどりの家」をテーマにした卒業論文を読ませて頂きました。
そのうえで、「子どもが苦手でも、お母さんと話ができるのであれば構いませんよ」ということでスタッフになりました。

――その広場は、お母さんがゆっくりしたり、意見交換をする場でしょうか。

岡田:はい、それと、この広場では、私たちスタッフは「教えてはいけない」という決まりがあります。
子育てに関して、「こうした方がいい」とか、「こうしなければいけない」とスタッフは言いがちです。
たとえば、「子どもを育てるなら母乳の方がいいわよ」とか……。

――子育てとはこうあるべき、と。

岡田:エミール保育園はモンテッソーリの教育をしていましたが、
この広場では、「モンテッソーリではこう考えるから、こうしなければならない」という言い方もしないという方針でした。
もし、お母さんから何か聞かれたら、スタッフは一保護者の立場から意見をいう。
自分の経験談として「私はこうしましたよ」と話すのはいいけれども、教えるのはダメということです。

 

 

 

2002年4月長男誕生。私が作った「トッポンチーノ第一号」。

 

☆トッポンチーノはモンテッソーリ教師養成コースの必須科目

――モンテッソーリ教育はいろんな道具があると思いますが、その広場でも使われていましたか。

岡田:モンテッソーリのものもありましたが、普通のおもちゃも使っていましたよ。
モンテッソーリの提唱するおもちゃなどを〝教具〟といいますが、トッポンチーノもそのひとつです。
モンテッソーリ教育には、独自の教具もあれば、「これはいいものだから」と取り入れたものもあります。
トッポンチーノは元々、イタリアの文化のなかに根付いたものでした。

――トッポンチーノとはイタリア語でどんな意味ですか?

岡田:造語というか、イタリア語に本来ない言葉です。
赤ちゃんを抱っこする布団をイタリアで何と呼んでいたのか、不明だそうです。

――面白いですね。トッポンチーノという名称はいつ付けられたんでしょうか。

岡田:トッポンチーノという名前が登場したのは、1947年ローマで行われた、
世界最初のモンテッソーリ教育・乳児のための教師養成コースです。
モンテッソーリの教師養成コースには課題として、
必ずトッポンチーノを作らなければならないという項目が入っています。
国際モンテッソーリ教育の必須項目です。

エミール保育園は福岡や九州ではモンテッソーリ教育の中心的な存在でしたので、
「乳児環境セミナー」や研修会がさかんに行われていました。
みどりの家のスタッフだった私も、「セミナーに参加してみない?」と勧められて、トッポンチーノに巡り合ったというわけです。

――なるほど、「みどりの家」のスタッフになったからなんですね。

岡田:保護者としてだけ園に関わっていたら、トッポンチーノを知らずに終わっていたかもしれないですね。
出会いって面白いと思います。
さっきも触れましたように、モンテッソーリ教育は子どもの成長の段階ごとに分かれていて、妊娠〜出産からあるんです。
20年前は0〜3歳については、日本ではほとんど浸透していませんでした。
私は2人目が生まれる前に、モンテッソーリのセミナーを受けてトッポンチーノと出会い、その後も何度かセミナーを受講しています。

――現在はモンテッソーリの資格をお持ちですか。

岡田:はい、AMI(国際モンテッソーリ協会)の0〜3歳レベルのアシスタント資格を取得しています。

 

☆2人目、3人目を育てて、トッポンチーノの威力を実感

 ――トッポンチーノの魅力を教えて下さい。

岡田:私は2人目が生まれたときは、自分で作ったトッポンチーノを使いました。
1人目を育ててみて、すごく大変だったんです。
いままで抱っこして寝ていたのに、布団におろすと泣き始める……だから、最初からまたやり直して、寝かしつける。
お母さんと赤ちゃんの最初の毎日は、この繰り返しです。

大変だし、とっても疲れます。
ところが2人目でトッポンチーノを使ってみたら、その威力がすごかった(笑)。
私がトッポンチーノに夢中になる一番の理由はそこですね。
「1人目はあんなに大変だったのに、トッポンチーノを使えばこんなに楽になるのか。そのことを少しの人たちしかまだ知らないなんて!」と。

――使ってみての実感ですね。

岡田:私は思想よりも、「自分が経験してみたらこうだった」ということから発想します。
トッポンチーノも自分が使っていたときが、「広めたい」と一番強く思っていました。
でも、子育てしているので、そこまで手が回りません。
保育園の友人で妊娠した方がいれば、「モンテッソーリ教育のトッポンチーノ、あれはいいよ」とお教えする範囲に留まっていました。

――すぐには仕事にしなかった?

岡田:自分のことで忙しいので、すぐに仕事にしようとは思いませんでした。
夫は和食料理店で働いていましたが、生活していくために私も別の仕事をしていましたし。
それから何年か経って、3人目を産むときに、もう一度、トッポンチーノを使ってみて、
「やっぱりこれはいいものなんだ!」と感動を新たにしました。
「私がトッポンチーノを知ってから、4年も5年も経っているのに、まだ状況は変わってない。
いよいよ、本当にこれをみんなに知らせないといけない」と思いました。

みんな、赤ちゃんに泣かれて、大変な思いをしているんです。
3人目のときは、「いま決心しないと、現実に流されてまた後回しになってしまう」と思いました。
それで、3人目が1歳になったあたりから、トッポンチーノを作ったり、ワークショップをする準備を始めました。
(次回につづく)

インタビュー・文 樋渡優子

 

 

 

 

 

 

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